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秋葉原大量殺人事件の死刑囚、加藤智大の今日。その母親と弟は・・・

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「誰でもよかった。」2008年6月。死者7名、秋葉原事件の犯人である加藤智大が犯行後に放った言葉です。

その後、今も死刑囚として刑務所に服役中の加藤智大。

いったい何故こんな無差別殺人を引き起こしたのでしょうか?

そして、犯行の原因の一部とされる母親の異常なまでの教育や、その後の母親、父親、弟は今現在どのようになっているのでしょうか。

また、加藤智大死刑囚が犯行直前に掲示板に書き込んだBUMP OF CHICKENの曲の歌詞とは、いったいどんな曲なのでしょうか?

事件後も謎に包まれる死刑囚加藤智大に迫ってみました!

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加藤智大プロフィール

名前:加藤智大(かとうともひろ)

生年月日:1982年9月

出生場所:青森県五所川原市

出身校:1998年 青森県立青森高校入学

2001年 中日本自動車短期大学入学

職歴:   2003年 仙台市の警備会社

2005年 人間関係のトラブルにて警備会社を退職

2005年 契約社員として埼玉県上尾市の自動車メーカーに勤務

2006年4月 職場の人間関係のトラブルで自動車メーカーを退職

2006年5月 契約社員として茨城県つくば市の住宅メーカーの工場に勤務

2007年9月 2週間の旅行が会社から認められず、住宅メーカーの工場を退職

2007年11月 契約社員として静岡県裾野市の自動車メーカーの工場に勤務

加藤智大は、高校時代の友人もおり、全くの孤独ではなかったが、2005年頃から会社での友人が出来にくく、次第にネットの掲示板に居場所を見出すようになっていった。

秋葉原事件は、2003年に加藤智大が近くに住んでいた宮城県仙台市の仙台アーケードトラック暴走事件と2008年3月に起こった土浦連続殺傷事件を参考にした。

秋葉原通り魔事件とは?

 

2008年6月8日、正午過ぎ、東京都千代田区外神田4丁目。2トントラックで秋葉原の交差点に凄いスピードで赤信号を無視して侵入。次々と人をはねました。

その後犯人の加藤智大(当時25歳)は、2トントラックがタクシーにぶつかり止まると、2トントラックを降りました。そして手に持ったサバイバルナイフを振り回しました!

それからすごい速さで、秋葉原の通行人を次々と刺して回ったのです。

当時、秋葉原は日曜日で歩行者天国の日でした。平和に楽しく歩いている人々には、そこに2トントラックが突っ込んでくるなんて、まさに青天の霹靂だったことでしょう!

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出典元:http://matome.naver.jp/

サバイバルナイフを持って走りまわる加藤智大死刑囚

トラックで5人をはね、3人が死亡。サバイバルナイフで刺された12名のうちでの死亡は4名でした。計7名もの尊い命が奪われてしまいました。

他にも重傷、軽症、切り傷を負った人は多数にのぼりました。

犯行はアッと言う間の出来事で、秋葉原の警察や非番でたまたま秋葉原に来ていた警官が、やっと加藤智大死刑囚を取り押えた時には、たくさんの人が命を絶たれ、怪我をした人達の呻き声で辺りは騒然としていまた。

日曜日の昼下がりでしたので、当時私もテレビを見ていました。突然画面が切り替わり、NHKのアナウンサーが、深刻な顔をして、「速報です。秋葉原でトラックが人をはね、そのうち数名が重傷との事です。」と発表しました。

その時私は、この秋葉原事件がこんなに恐ろしいものだったと夢にも思っていませんでした。

専門家がテレビのインタビューで、「池田小事件と並ぶ極悪さ。日本の犯罪はとうとうここまできてしまった。パンドラの箱があいてしまったのかも知れない。」と言っていたように記憶しています。その後、秋葉原の日曜日の歩行者天国は廃止されました。

 

何故秋葉原を選んだ?

 

当時加藤智大死刑囚が住んでいたのは静岡県。そこではなく、何故犯行場所を秋葉原にしたのでしょうか。

理由は定かではありませんが、加藤智大死刑囚が、以前「自分にはオタク的要素がある」とネットに書き込んだ事もあるため秋葉原には強い思い入れがあったのではないか?といわれています。自分の犯行を、秋葉原にくるオタク達は分かってくれるかも知れないとでも思ったのでしょうか。

ネット掲示板の「なりすまし」への警告

秋葉原事件の、直接の理由は分かってはいないのですが、会社では「非正規雇用」であり、正社員ではない苛立ちがあったように思えます。

加藤智大死刑囚は、ブサイクなのをネタに、ネットに書き込みをしていましたが、いつしか自分に「なりすまし」て投稿する人が現れました。

それに不満を覚えた加藤智大死刑囚は、「大量殺人」をしようと企てます。

そして2008年2月。ネットの掲示板にこう書き残した加藤智大死刑囚はそれを実行します。

「秋葉原で人を殺します。」

事件後の裁判では、事件当時は「精神疾患」と「自己責任能力の欠如」を弁護側は訴えましたが、余りにも用意周到でネットに直前に書き込んでいるところから、責任能力は十分にあると棄却され、2015年2月に死刑が確定しました。

今も加藤智大死刑囚は東京拘置所の中にいます。

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加藤智大の母親の教育法

 

よく、凶悪事件の背後には両親による教育の仕方が取り沙汰されます。

離婚して片方の親のみと暮らしているケースや、両親の育児放棄等が多いとされていますが、加藤智大死刑囚の場合は他の凶悪犯とは違っていました。

教育熱心な母親

加藤智大死刑囚の母親は、大変教育熱心で有名でした。地域の教育アドバイザーなどもしていました。しかし、その教育法は完璧を求めるあまりエスカレートしていき、異常なものとなっていきました。

加藤智大がまだ小学生の頃、掛け算九九を中々覚えられませんでした。そうすると母親はお風呂に連れていき、加藤智大の頭を掴んでお風呂に沈めました。

これだけでもビックリですが、冬に靴を雪で濡らしたら激怒して裸足で外に立たせたり、泣けばタオルを口に詰め込みその上からガムテープをして屋根裏に放り込むなど、ちょっとしつけの域を超えていますね。また、食事を摂るのが遅いと激怒して床に新聞紙を置き、新聞紙の上に食事を移して食べさせられた事もあったそうです。

母親が恐ろしくて弟はもちろん、父親も加藤智大を助けることはありませんでした。

これはしつけではありません。母親は、完璧な子育てをする為に、子ども達を支配していきました。この事が加藤智大死刑囚の心に闇を作っていったものと思われます。

母親のしつけのおかげ?で成績も良く、スポーツも中々出来た加藤智大死刑囚。友達も彼女もいました。しかし、彼女とは母親から無理矢理別れさせられました。

進学も就職も母親の指示通り。その間、母親のロボットと化していた加藤智大は家での母親のように突然キレて学校の窓ガラスを割ったり、上司や同僚とケンカして職をかえたりしていきます。

今考えると、この頃から少しずつ秋葉原事件に近づいているようにも思えます。

 

加藤智大死刑囚の母親と弟の現在

 

秋葉原事件後、加藤智大の両親はテレビカメラの前で謝罪をしています。

最後の方では腰の力が抜けた様にガックリと膝をついて地面に座り込んでしまった母親。それを抱えて家に入る父親…。辛すぎる光景でした。

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出典元:https://jp.vice.com

秋葉原事件後、家族はその日のうちに引っ越し。各地を転々とします。

その後両親は離婚しました。あまりの非難の電話の多さに父親は勤めていた信用金庫を辞め、実家に帰ってひっそりと暮らしています。

母親は秋葉原事件後、精神を病み、精神病院に入院。一時は面会謝絶になるほどの酷さだったようです。退院したかどうかは不明です。

 

加藤智大の弟の死

 

そして加藤智大死刑囚の弟ですが、加藤智大より2才年下でした。

弟は秋葉原事件後、何度も兄との面会を希望しますが、加藤智大死刑囚はこれを拒否します。

弟には真剣にお付き合いをしている恋人がいました。正直に犯罪者の弟だと伝えました。しかし、彼女も彼女の両親も受け入れてくれました。弟は、彼女の存在で癒され助けられていたといいます。

ところが結婚の話が出たとたんに、彼女の家族から猛反対されます。彼と両親の板挟みになり、彼女も苦しみました。ドンドン追い込まれていった彼女が口にした

「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は!!」

が、弟を絶望の底に突落しました。

加藤智大死刑囚の弟は、その後各地をさまよいながら「生きている意味がなくなった」と自らの命を絶ちます。2014年、28才でした。

 

加藤智大の心を掴んだBUMP OF CHICKEN

 

秋葉原事件のきっかけはたくさんあったわけですが、直接のきっかけとなったのは、事件3日前の「つなぎ紛失事件」といわれています。

当時加藤智大死刑囚は静岡県の工場で非正規雇用の職員として働いていましたが、朝出勤するとつなぎがありません。偶然なのか、何者かが故意になのかはわかりませんが、とにかくつなぎがないことで加藤智大はキレて缶コーヒーを壁に投げつけ、会社を退職します。

会社の送迎バスもなく、最寄り駅に向かいます。途中、掲示板に書き込みをしています。

「作業場に行ったらツナギがなかった。辞めろってか。わかったよ。」

「電話うぜ。電話がくるとウェブが使えん。書き込み中断されるのがうざい」

そしてプラットホームに立ちつくした加藤智大は、電車に乗り込むと掲示板に書き込みをはじめます。

 

美しくなんかなくて
優しくもできなくて
それでも呼吸が続くことは許されるだろうか

その場しのぎで笑って
鏡の前で泣いて
当たり前だろう
隠しているから気づかれないんだよ

 

何かの歌詞のようだといわれていたこの言葉たちはBUMP OF CHICKENの「ギルド」であることがわかりました。

加藤智大死刑囚が血も涙もない殺人鬼であることは紛れもない事実です。しかし、そんな加藤智大死刑囚の心に届く歌があったのだと驚きました。もしかしたら、何かのタイミングで、犯罪は回避されたのかも知れないなどと、淡い希望のようなものを少し感じました。

英語ではAKIHABARA massacre (アキハバラ マサカ―)「秋葉原大量殺人」と訳されているこの事件。

多くの未来ある若者、希望に溢れて生きていた人たちの命が奪われてしまいました。

このような悲しい事件が二度と起こらないように願わずにいられません。

松本人志さんも「なんやねん!」と言っています。

ご一読いただきましてありがとうございます。

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