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佐世保事件の加害者、辻菜摘の現在は!?両親とのフクザツな関係。

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13年前の2004年6月1日。日本中が恐怖と驚愕の渦に巻き込まれました。

おそらく、あの1997年の酒鬼薔薇聖斗事件事件以来の衝撃だったと思います!

それは、長崎県佐世保(させぼ)市で起きた通称「佐世保事件」です。

その10年後の2014年に、またしても同じ佐世保市で猟奇的な殺人事件が起こりましたので、それと区別する意味で、「佐世保小6事件」又は通称「ネバダ事件」と呼ばれています。

加害者は当時小学6年生の辻菜摘。加害児童でありながら大変な美少女だったことから、ネットが「ネバダたん」の相性でアイドルのように騒ぎ立てるという、異例の事態にまで発展してしまいました。

加害児童は今、現在どこで何をしているのでしょうか?またこのような猟奇的な事件を起こした辻菜摘の両親との関係に迫ってみたいと思います。

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調査するのは

「佐世保事件の加害者、辻菜摘の現在は?」

「辻菜摘とその両親との関係は?」

「どうしてネバダたんなの?」

「謝るなら、いつでもおいで」

「アスペルガー症候群について」

以上の5点です。それでは一つずつ見てみましょう。

 

「佐世保事件の加害者、辻菜摘の現在は?」

「佐世保小6事件」(正式名称:佐世保小6女児同級生殺害事件)は、2004年6月1日長崎県佐世保市の市立大久保小学校でおこりました。

当時、小学6年生の御手洗怜美さんが同じクラスの女児、辻菜摘(つじなつみ)により殺害されました。

凶器はカッターナイフ。死因は首などを切られての大量出血でした。

前代未聞の小学生!それも女児による犯行と、日本中があまりの驚きに言葉を失いました。

加害者である辻菜摘は、現在25歳。犯行後は児童自立支援施設である、栃木県の国立きぬ川学院に送られました。

そこの中学では他の生徒とも交流を持つ姿が見られ、「強制措置」の延長を打ち切られ、無事に卒業しています。

現在は、施設を出て普通に?生活を送っているはずです。

日本は、被害者のプライバシーは白日の下にさらされますが、何故か加害者の人権は堅く守られています。

ですので、辻菜摘はおそらく名前を変えて生活をしていると思われます。

施設では、「被害者女児に謝りたい」と言っていたようですが、本人による被害者遺族に対する謝罪、手紙などの誠意は、今現在も行われていません。(辻菜摘の両親は被害者に謝罪文を送っています)

辻菜摘は、施設で「アスペルガー症候群」との診断を受けています。

せめてひっそりとでもいいので、被害者遺族にだけでも謝意を示して欲しいです。

 

「辻菜摘とその両親との関係。現在は?」

 

辻菜摘は、会社員の父親、母親、姉と祖母いう家族構成です。

生まれも佐世保で、「山の上」とも言える大自然の中で育ちました。

両親は東京で知り合い、父親が入り婿という形で結婚。

母親によると辻菜摘は赤ん坊の頃は夜泣きもかんしゃくもなく、もう少し大きくなってもただをこねるような子でもなかったそうで「何も苦労しなかった」といいます。

また、父親は仕事をしていましたが、脳関係の病気で倒れ、そのまま自宅で保険業をしていました。その後、おしぼりの配達などをしています。

十分に働けない父親の代わりに母親が大型ショッピングセンターの下着売り場でアルバイトをして家計を助けていました。

辻菜摘には姉がいますが、事件当時は商業高校に通っていました。しかし、事件後に中退しています。

辻菜摘は両親のいうことをよく聞く、「いい子」だったため、両親は彼女の異変に全く気が付きませんでした。

病気で倒れた父親も、辻菜摘の存在があったからこそ頑張る事が出来たとの事なので、親子の関係は表面上はかなり良好のようにみえました。

辻菜摘はパソコンが得意で、ネット上の友情に自分の居場所を感じていました。

また、ミニバスケ部に入ると、自分でも驚く程上達します。彼女はミニバスケに熱中します。

ネット上の友情、ミニバスケ。そして気の置けないクラスメートとの交換日記(被害児童を含む)。学校のクラスは学級崩壊寸前でしたが、そんな事にはお構い無しで、彼女自身は、どんどん満ち足りた日々を送っていきます。

ところが、6年生になるとミニバスケと勉強の両立が難しくなり、学校のテストの点数が少し下がり始めます。

それに怒った父親が、「点数が取れないならミニバスケをやめなさい」とミニバスケを一方的に辞めさせられます。

ミニバスケに熱中していた辻菜摘は内心激怒しますが、父親と言い合いになる事はありませんでした。

辻菜摘の「怒り」はネットに向かうことになります。そして、ひいては事件へと繋がっていく事となります。

事件後、辻菜摘は家庭裁判所の中で、毎日新聞佐世保局長だった被害者の父親の手記と、両親が被害者遺族に送った謝罪文を読み、涙を流します。

奇しくも辻菜摘とその両親が本当に心を通わせたのは事件後となっていました。

辻菜摘の両親は毎月被害者家族に謝罪文を送り、児童支援施設での辻菜摘の様子なども伝えていましたが、経過観察が外れ、中学を卒業した時から謝罪文の中のそれは消えました。

加害者辻菜摘は、事件により両親との関係も密になり、更生施設で友情も育めるようになりました。

両親との関係も、「やり直し」が出来たのではないでしょうか。関係はおそらくそのまま良好でしょう。

ただ、被害者家族は「やり直し」は出来ません。その事だけは紛れもない真実です。

現在の辻菜摘ですが、名前を変え、結婚をしています。

彼女は今、多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)という病気にかかっているそうです。この病気は現代の医学では完治は難しく、肉体的にも精神的にも大変辛い病です。

「どうしてネバダたんなの?」

出典元:https://matome.naver.jp

辻菜摘は、事件当時に通称「ネバダたん」と呼ばれていました。

事件がおこり、一瞬でネット上に出回った集合写真。そこに写っていた辻菜摘が着ていたトレーナーの胸の部分に「NEVADA」と書いてあったためと言われています。

大変な美少女だったため、ネットは騒然!まるでアイドルのようにもてはやし始めました。

中にはネバダたんを擁護する書き込みも多数ありました。

この不謹慎な騒動も、前代未聞の猟奇的殺人の恐ろしさに拍車をかけました。

日本は一体どこに向かっていくのだろう…。多くの日本人はこの時、本当に不安になりました。

私が勤める塾にも、本当~に綺麗な子が何人もいますが、綺麗だからって特別に感じた事はありません(当たり前?)。ネットならではの感覚なのですかね…。

 

「謝るなら、いつでもおいで」

 

出典元:https://www.amazon.co.jp

「謝るなら、いつでもおいで」は、佐世保小6事件が起こった当時、毎日新聞佐世保支社で被害者の父親の直属の部下であった川名壮志(かわなそうじ)氏の著書です。

2014年3月に出版されました。

筆者は、早稲田大学を卒業後、毎日新聞に入社。佐世保支社に配属となります。

そう、上司は佐世保小6事件の被害者の父親(御手洗恭二さん)でした。

新聞社は3階建てで、御手洗支局長の自宅の下にありました。そこで、支局長と社員2名で、田舎のほんわかとしたニュースを中心に、ゆったりと仕事をしていました。(佐世保はアメリカの軍艦が寄港する為、その時は緊張感のある記事となります)

駆け出しの記者だった川名壮志氏は、もちろん独身。支局長の作る晩御飯に何度も呼ばれるなど、支局長家族と密に関わっていました。

毎日普通にあいさつをしていたあの女の子が殺された!

川名壮志氏にとっても、まるで信じられない出来事でした。

直属の上司が被害者遺族となってしまった。始めは目を背けたかった事でしょう。

しかし、ジャーナリストとして彼は事件の取材を続けることを決意します。

そして10年経ち、出版されたのが本書です。

「私の育て方が悪かったのでしょう。」という加害者の父親の言葉。「誰にも事件について聞かれなかった」という被害者の兄。

その一言一言が重く感じます。育て方なんて、体罰を加えたり、放任したりと、もっと変な親はたくさんいます。

被害者の兄も、事件後の騒動で周囲が気を遣ったのでしょうが、腫れ物に触るような扱いがかえって辛かったようです。

タイトルの「謝るなら、いつでもおいで」はその兄がインタビューで話した言葉です。

色々な人がそれぞれの立場で読んで、十分考えさせられる内容です。

 

「アスペルガー症候群について」

 

辻菜摘は、施設で「アスペルガー症候群」と診断されました。アスペルガー症候群って何なのでしょうか。

私は専門家でもなんでもないのですが、塾にも数人アスペルガー症候群と診断された生徒がいますし、「アレ?もしかして?」という生徒もチラホラいます。

アスペルガー症候群(AS)は、広汎性発達障害(こうはんせいはったつしょうがい:様々な要因で広い意味での障害)の1つだといわれています。

自閉症のように目に見える形の障害ではなく、言葉は流暢に話せるし、知能指数も低いわけではありません。

ですので、見た目では全く判断が出来ません。

また、障害の程度には個人差があり、大人になって周囲とどうしても馴染めずにやっと障害に気が付つく、というケースもあります。

主な症状は、コミニュケーション、対人関係、強いこだわりの3点です。

「コミニュケーション」
いわゆる、「お友達と仲良くする」ということができません。言葉の意味を表面でしか理解できず、予測して行動すると言うこともできません。

「対人関係」
場の空気を一瞬で凍らせるような言動をしてしまったりします。そのため大勢の中で浮いた存在になります。

「強いこだわり」
自分の好きなことにはとことんこだわって時間を忘れるほど没頭します。独自のルールがあって、そこから外れると不快感を表します。

これらは、ともすると、その人が持つ性格のようなものだと勘違いされてしまいます。「変わった子」なのだと…。

しかし、アスペルガー症候群の人々にとっては理解されない日々は、大変生き辛く、うつ病、パニック障害、引きこもり、家庭内暴力などを引き起こす「二次障害」につながる可能性が懸念されています。

自閉症と違い、見た目も行動もよく見ないと気がつかないアスペルガー症候群。症状にも個人差があり、特定はむずかしいようです。

もし、辻菜摘が小さい頃からアスペルガー症候群の治療を受けていたら、事態は変わっていたのでしょうか…。

まとめ

「佐世保事件の加害者、辻菜摘の現在は名前を変えて一般社会に復帰している。」

「辻菜摘とその両親との関係は、事件後に修復。その後も良好。」

「『ネバダたん』と呼ばれたのは、集合写真でNEVADAと書かれたトレーナーを着ていたため。また、加害児童が当時大変な美少女だったため。」

「『謝るなら、いつでもおいで』は、事件後10年かかって被害者の父親の当時の部下であった新聞記者の著書。」

「アスペルガー症候群は、見た目に大変分かり辛い、発達障害の一つ。」

以上です。

被害者の2人の兄のうち、1人は結婚して、女の子を授かりました。その存在が、小さな光のように私には感じられます。

ご一読いただきましてありがとうございます。

あの少年Aも今は社会に出ています・・・。

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