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ゆずが2017年紅白歌合戦の大トリに!!伝説の路上ライブからの軌跡を振り返る!

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2017年の紅白歌合戦は、ゆずがなんと大トリを務めることに決定しました。大抜擢です。

かつては路上シンガーだったゆず(北川悠仁、岩沢厚治)は、2017年紅白歌合戦で8度目の出場となります。

今回は、ゆずっこ(ゆずファン)の私ソラが、8度の紅白歌合戦で、ゆずがたどってきた軌跡を、初出場から2017年まで、過去曲をたどりながらお伝えしたいと思います。

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ニュースZEROのエンディングテーマです。アコースティックが心地いい。屋久島の風景に癒されます。

調査するのは

「ゆずの紅白歌合戦出場の軌跡を過去曲と共にたどる」

です。

それでは見てみましょう。

「ゆず、伝説の路上ライブから紅白歌合戦出場へ」

今や伝説となった路上ライブ最終日。ここから20年。ゆずは正に「飛ぶ鳥を落とす勢い」で躍進していきます。懐かしすぎて何度も泣きそうになりました。

第54回 2003年(初出場)

「夏色 」「濃 」「また会える日まで」

ゆずはメジャーデビュー、4年目にして紅白出場を果たしました。

ですが私の憶測ではそれ以前から、NHKからオファーが来ていたと思われます。

ゆずのオールナイトニッポンで、「あんまり出たくない」ような話をしていたのです。

ところが、北川悠仁が、紅白で歌う和田アキ子に感銘を受け、徐々に紅白に出場する気持ちになっていったようでした。

当時まだ「全国区」ではなかったゆず。

私たちゆずっこは、この紅白決定に狂喜乱舞しました。

全員が正座をしてテレビの前でドキドキして画面を見守りました。

放送はNHKの会場ではなく、2人が路上ライブをしていた伊勢佐木町からでした。

ゆずの代表曲ともいえる「夏色」が1曲目でした。

スミレツアーの時のTシャツです。

続いて、路上時代から歌われてきた「濃」(マイケル富岡をテレビでみた岩沢厚治がタイトルを付けました)。かなりの名曲です。

ACジャパンのレジ袋推進のCMに起用されました。

最後の「また会える日まで」はドラえもんの主題歌でした。

グースハウスさんも歌ってくれました。

第55回2004年 栄光の架け橋

この年は、オリンピックがあり、日本男子体操が金メダルを取りました。

この栄光の架け橋は、NHKのオリンピック放送のタイトル曲でした。

男子体操の鉄棒の着地の際に「描く放物線は、栄光への架け橋だ!」とNHKのアナウンサーが叫びました。

私もちょうどテレビを見ていてびっくりしました。

ゆずの厚ちゃん(こうちゃん=岩沢厚治)も、ビール片手にテレビを見ていたらこの感動的な場面に、これを聞いて、「へっ!?」と驚いたと話していました。

この曲は北川悠仁が、NHKからオファーをもらい、何ヶ月も悩んでつくりあげた曲です。

最初、北川悠仁はオリンピック選手のモチベーションが高くなるようなアップテンポの曲を考えていたようです。

しかし、「オリンピック選手も、自分たちと同じ人間らしいところがあるのではないか。悩んだりくじけたり、弱い部分がたくさんあってそれを乗り越えてきたのではないか。」

という気持ちに変わり、その後は、すぐに歌詞が出来上がったそうです。

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第60回2009年 逢いたい

ゆずにとっては5年ぶりの紅白歌合戦出場でした。

と言うのも、数年前から北川悠仁のお父さんが、体調を崩されていたからです。

私は前年の大分のライブに参加したのですがその前日に北川悠仁さんのお父さんがお亡くなりになりました。

「ライブはあるのかな?もし中止になっても私は構わない。」

と思っていました。しかしライブは行われました。

もちろん、会場のみんなもその事実を知っています。だけど誰も何も言わずに、楽しい曲は楽しく歌って、静かな曲はじっと聴き入りました。

悠仁は、何度も何度も上を見ていました。泣いているようにも見えましたし、天国のお父さんに微笑みかけているようにも見えました。

無事にアンコールが終わって最後に岩沢厚治が、「みんないいヤツだよ。」と言ってくれました。

この曲はそんな北川悠仁が亡き父親の為に作った曲です。

大好きな父親が亡くなって、悲しすぎて、どうしようもなくなって、作った曲でした。

北川悠仁の本音が詰まった曲だからこそ、聞く人すべての心を揺さぶるのだと思います。

故 松田直樹選手のメモリアルにて。サッカー界のレジェンド達の前での熱唱。

第62回2011年 Hey!和

2011年は東日本大震災があった年でした。

平和は、2011年の1月にリリースされました。東日本大震災の被災者の方々の癒しの曲になったと言われています。

その年ゆずは4月から全国アリーナツアーを展開する予定でした。私は福岡会場のチケットを取っていました。

ライブツアー初日は福井会場、その次の会場が福岡会場でした。

アーティストにとってライブツアー初日と言うのは特別な意味を持ちます。ですが、私の行くはずだった福岡会場はライブツアー2カ所目と言うことで、私は事前にゆったりと構えていました。

ところがゆずだけでなく、全ての人が、震災の影響で東京から北へ移動することができなくなりました。

当時、福井も損害が大きかったようです。

急遽私たちの福岡会場がツアーの初日になりました。

ツアーは、お金のかかった大掛かりなものから、なるべく機材の少ないシンプルなものへと変えられた形となったそうです。

日本中が悲しみに包まれたあの時、福岡マリンメッセは異様な緊張感が張り詰めていました。ゆずも、こちらがビックリするほど真っ青な顔で緊張していました。あの時は、日本中が未曾有の大災害に慌てふためいていたのだと思います。しかし、

「この福岡から熱い心を東北に送ろう!東北に想いが届くように一緒に歌おう!」

北川悠仁のこの言葉を受けて福岡マリンメッセは一体となり、音霊を東北に送りました。

その時に1曲めに歌ったのが「栄光の架け橋」です。

この「栄光の架け橋」は、ゆずはほとんど歌わず、マリンメッセ福岡に集まった私たち、観客たちが歌いました。

歌いながら気づきました。「これはオリンピック選手のための曲だったんじゃないんだな。私たち自分自身のための曲だ。」と。

ゆずは言いました。

「こんなことになってツアー自体をすべて中止にしようかと全員で話し合いました。しかし、今こそ歌を伝えよう。と思いました。」と。

この時に、笑福亭鶴瓶さんの一押しがあったと後に岩沢厚治が言っています。

第64回 雨のち晴れルヤ

雨のち晴れルヤは、同年後期の連続テレビ小説「ごちそうさん」の主題歌で、プロモーションビデオと、紅白歌合戦では蜷川幸雄さんの劇団の人たちの演技と踊りとともにお披露目されました。

この年の、NHK全国学校音楽コンクール中学校の部「友~旅立ちの時」は、2011年の震災後、私も参加したマリンメッセ福岡の会場から夕日を見ながら、北川悠仁が東北に思いを寄せて作った曲です。

第68回2015年 かける

震災後、ゆずは東北を何度も訪れます。

そのため紅白出場は、震災から4年後となりました。

この「かける」は岩沢厚治の冒頭の「1人じゃない。1人じゃない。1人じゃないから」に完全にノックアウトさせられる曲です。

プロモーションビデオには、今をときめく若手女優の筆頭格「杉咲花(すぎさきはな)」が出演しています。この時から大変な名演技です。

第69回2016年 見上げてごらん夜の星を~ぼくらのうた~

日本の歌謡曲のレジェンド坂本九さんの曲を受け継ぐ形でゆずがリリースしました。

2016年の冬至ライブは、震災があった熊本城の広場でした。

本当に、ゆずのこういうところが大好きなのです。

第70回2017年 栄光の架け橋

陸前高田市の復興ライブにて。

1999年、ゆずを好きになって、ゆずを応援し始めて、ゆずが紅白の大トリになる日が来るなんて、夢にも思っていませんでした。

紅白初出場の時、正座をしてテレビを見ましたが、2017年も、正座をして「栄光の架け橋」を一緒に歌おうと思います。

2017年が、ゆずの曲とともに締めくくれるのは、1人のゆずっことして最高にうれしいです。

あなたの心にもゆずの「栄光の架け橋」が届きますように。そして可能であれば一緒に口ずさんでみて下さいね。

まとめ

「ゆずの紅白歌合戦出場の軌跡を過去曲と共にたどってきました。色々な事を乗り越えたからこその今、なのだなと改めて実感しました。」

ご一読ありがとうございます。

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